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犬が他の犬にまたがったり、人間の腕や足にしつこく乗って腰を振る「マウンティング行動」。その光景に戸惑った経験のある飼い主も多いでしょう。
犬のマウンティング行動は「性的」または「支配的」なものと誤解されがちですが、近年の動物行動学や獣医行動学では、より多面的で科学的な解釈が主流になっています。
この記事では、犬はなぜマウンティング行動起こすのか、どう対処すべきかを、「他の犬への行動」「人への行動」に分けて解説します。
犬が他の犬にマウンティングをする理由
犬が他の犬にマウンティングをする理由は、下記のように複数あります。
単一の要因ではなく、環境や個体の性格、状況によって組み合わさって起こることが多いため、犬の様子や周りの状況を観察することが大切です。
・性的欲求
→未去勢のオス犬がメス犬に反応して、性ホルモンの影響により本能的にマウンティングを行います。
・興奮や情動の高まり
→遊びや初対面などでテンションが上がった状態になると、犬は興奮を抑えきれずマウンティングを行うことがあります。
・不安や緊張による転位行動
→緊張や戸惑いの場面で、不安を和らげるために無関係な行動(転位行動)としてマウンティングが現れることがあります。
・退屈や刺激不足による代償行動
→運動や遊びが足りていないと、犬は精神的・身体的なエネルギーを持て余し、代償的にマウンティング行動を見せることがあります。
・相手が無抵抗で、習慣化
→マウンティングの対象が無抵抗だと、犬はそれを「やってもいい行動」として学習し、繰り返すようになります。
・過去の経験で強化された行動
→マウンティングに対して飼い主が反応・注目した経験があると、犬はそれを報酬と認識して繰り返しやすくなります。
獣医行動学者のKaren L. Overall博士は、「犬同士のマウンティングは、単なる性行動と決めつけるのではなく、情動の高まり(喜び・緊張・不安など)が反映されていることが多い」と指摘しています。
例えばドッグランでテンションが高まった際や、新しい犬と出会ったときに、「どうしていいかわからない興奮」が身体の行動として現れるのです。
犬が飼い主や人にマウンティングをする理由
犬が飼い主や知らない人にマウンティングをする理由は、犬同士とは異なる心理や環境要因が関与していることが多く見られます。
下記に主な理由を解説します。
・注目を引きたいという欲求
→飼い主に構ってもらいたい気持ちからマウンティングすることがあります。過去にこの行動で反応を得た経験があると、「注目を得る手段」として習慣化しやすくなります。
・過去の成功体験による学習
→犬はマウンティングをして飼い主が笑ったり驚いたりすると、それを「成功体験」として記憶し、繰り返すようになります。
・ストレスや不安のはけ口
→環境の変化、飼い主の不在、騒音などによる不安やストレスが原因で、マウンティングが代償行動として現れることがあります。
・興奮状態の発散
→遊びの最中や来客時など情動が高まったときに、犬が興奮を抑えきれずにマウンティングをすることがあります。
・退屈・刺激不足による行動エネルギーの発散
→散歩や遊びの機会が少ないと、犬はエネルギーを持て余します。その発散方法としてマウンティングが現れることがあります。
・性的な興奮
→未去勢のオス犬は性的要因によってマウンティング行動が誘発されることがありますが、その対象が人間になることもあります。
・行動の抑制力が未発達
→自己制御力がまだ未熟な若い犬や、トレーニングが不十分な犬では、マウンティングの衝動を抑えきれず、無意識に繰り返してしまうことがあります。
これらの要因は、多くの場合「支配性」ではなく、「情動・学習・環境刺激」のバランスが崩れていることによって引き起こされます。
例えば飼い主の足や腕、ソファのクッションやぬいぐるみに対してマウンティングする場合も、性的な欲求の現れというよりも、「かまってもらえた」「笑われた」「声をかけられた」という過去の経験から学習された結果であることが言えます。
ポジティブな反応(=報酬)として誤って認識されると、その行動は強化され、習慣化していきます。これは「オペラント条件づけ」と呼ばれる学習理論の一例です。
犬のマウンティングを放置するとどうなる?
ウンティングは「よくあること」と軽視されがちですが、早期に正しく対処しないと習慣化・関係悪化・他の問題行動への連鎖を招く可能性があります。
犬のマウンティングを放置すると、行動が習慣化しやすくなります。とくに若いうちに注目や興奮の発散として成功体験を積むと、「マウンティングすれば満たされる」と学習し、やめさせにくくなります。
また、他の犬へのマウンティングを繰り返すことで、相手の犬が怒ってトラブルになる可能性も高まります。相性が悪い犬同士では喧嘩や怪我に発展することもあります。
さらに、マウンティングがストレスや不安の表れである場合、その根本原因が放置されると吠えや咬み、家具の破壊など他の問題行動につながる恐れもあります。
罰ではなく、科学的根拠に基づく対応を
罰を使う方法のリスク
かつては、マウンティング行動を制止するために「犬を仰向けにして抑えつける(アルファロール)」「首根っこを押さえつける」などの罰的な手法が広く使われていました。
しかし、アメリカ獣医行動学会AVSABは公式にこれを否定しており、「罰を使う方法は恐怖や攻撃性の原因となり、信頼関係を損なうリスクがある」と警告しています。
実際、罰によって表面的には行動が止まるように見えても、犬はストレスや混乱を内部にため込み、別の形で問題行動を引き起こすことがあるのです。
ポジティブ強化がもっとも安全で効果的
AVSABが2021年に発表した「人道的トレーニングに関する声明」では、行動修正の基本として「ポジティブ強化(望ましい行動を報酬で伸ばす)」を軸とした方法が最も科学的に裏付けられており、かつ安全だと明記されています。
たとえば、マウンティングを始めそうな気配を察知したら「おすわり」などの指示を出して、マウンティングを止めることができたら成功を褒める。
こうした「代替行動を提示し、報酬で導く」アプローチが、犬にとっても安心で理解しやすいのです。
参考:Position Statement on Humane Dog Training|AVSAB
飼い主ができる具体的な対処法

他の犬へのマウンティングを防ぐには
・犬同士が接する前に落ち着いているか観察し、興奮している場合は距離を取る。
・マウンティングが始まりそうになった時点で、冷静にその場から引き離し、「ふせ」など落ち着く行動に切り替える。
・十分な運動や知育トイで日頃からストレスを発散させ、代償行動を抑える。
人へのマウンティングをやめさせるには
・乗ろうとした瞬間に無言で離れ、飼い主からの注目を与えない。大声で怒鳴ったり手で押しのけたりすると逆効果。
・落ち着いた行動(ふせ・まて)をとれたら、ごほうびや声掛けでポジティブに強化する。
・家族全員で対応を統一し、「かまってもらえる行動」と誤学習させないことが重要。
専門家に相談する目安
行動がエスカレートしてきた、制御が難しい、あるいは急に始まったマウンティング行動が見られる場合は、獣医師や獣医行動診療科の専門家に相談しましょう。
ホルモン異常や脳神経系の疾患、ストレス性疾患など、身体的な背景が隠れていることもあります。
まとめ
- 興奮やストレスがマウンティングの要因
- 支配性理論は過度な一般化として見直し
- 罰ではなく報酬による学習が基本
- 他行動への誘導と強化が有効な対策
- 異変が続く場合は専門家への相談を