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犬の胃捻転(gastric torsion)について
犬の胃捻転とは、胃が異常に膨張し、その後に胃自体が捻じれることで生じる重篤な疾患です。胃拡張捻転症候群(Gastric Dilatation-Volvulus)ともよばれ、文献などではGDVと表されます。
胃捻転は致死率・再発率が高い病気で、主に大型犬や深胸犬種に多くみられますが、小型犬も発症の可能性があります。飼い主さんは理解・把握しておくべき重要な病気の一つです。
胃捻転を発症する原因
胃捻転は、まず胃がガスや液体で異常に膨らむ「胃拡張」が起こることから始まります。膨張した胃がさらに回転することで胃捻転が発生します。この回転によって胃の入り口と出口が閉じられ、ゲップをすることができず食べ物やガスが胃内に閉じ込められてしまいます。その結果、胃はさらに膨張し、近くの臓器や血管を圧迫し始めます。
胃拡張の発症だけであれば致死率は非常に低い(0.9%)とされていますが、胃拡張後に胃捻転を引き起こした場合に致死率が上がり、最悪の場合は命に関わります。
胃捻転を発症する原因は下記が考えられます。
早食いや大食い、水のがぶ飲み
食事のときに早食い・大食い、水のがぶ飲みをすることで一緒に空気を飲み込んでしまい、胃が拡張して胃捻転の発症リスクが高まります。とくに多頭飼いの場合は、他の犬にごはんを取られまいと早食いになる傾向にあります。
食器の位置が高い
高い位置でごはんを食べている犬は、床に置かれた食器で食べている犬と比べて、胃捻転の発症リスクが高いといわれています。
ガスが出やすい食べ物の摂取
食物繊維や脂質が多い食べ物、乳製品などは胃の中でガスが発生しやすい食べ物です。ドッグフード以外でおやつを与えすぎていたり、飼い主さんごはんの盗み食いが常習化していると胃捻転の発症リスクが高まります。
食後の激しい運動
食後の激しい運動は、胃捻転の発症リスクを増加させます。
胃や腸は他の臓器と違ってがっちりと固定されているわけではないので、食後すぐに激しい運動すると重くなった胃や腸が動き回り、捻転してしまう恐れがあります。
活動的な犬、運動が大好きな犬、興奮しやすい性格の犬は注意が必要です。
年齢
中高齢の犬は胃捻転のリスクが高まる傾向にあります。年を取るにつれて胃を支える靭帯が緩み、筋肉や結合組織の弾力性が低下することで、胃が異常に動きやすくなります。
胃捻転を発症しやすい犬種
大型犬・深胸犬種
胸部が厚く、胴体が細長い犬種は、胃捻転のリスクが高い傾向にあります。
胃捻転を起こしやすい犬種として、以下のような犬種が挙げられます。
好発犬種 | 発症しやすい理由 |
---|---|
グレートデーン | 胸が深く、体が大きいことから発症リスクが高い |
アイリッシュウルフハウンド | 胸の深さと長い体型から、胃捻転のリスクが高い |
ジャーマンシェパード | 運動量が多く、胃が捻転しやすい |
ワイマラナー | 運動量が多く、胃が捻転しやすい |
セントバーナード | 体重が重く、胃が拡張しやすい |
スタンダードプードル | 胸が深く、胃の位置が不安定になりやすい |
これらの犬種は胸が深く、胴体が細長いことに加え、胃の位置が比較的自由に動くため胃が回転しやすい傾向があります。
とくにグレートデーンやセントバーナードは胃捻転を発症する可能性は21~24%といわれています。
小型犬でも胃捻転を発症する恐れ
胃捻転は大型犬・深胸犬種が好発犬種とされていますが、小型犬も発症する可能性はあります。
下記の文献では、オスのシーズー(12歳齢)の胃捻転の症例です。
このシーズーは、初診時において雪を食べたとの稟告があったとのことです。また、習慣的な多食や過食はありませんが初診時には多食していたことが分かり、胃の中の大量の液体は雪が融けたものだと考えられました。
人もそうですが、胃の中には食べ物の温冷を感知する温度受容器が消化器の収縮を調整しており、65℃のお湯と比べて15℃の水では胃の運動機能が低下するといわれています。
今回のシーズーの胃捻転の発症の原因は、
- 雪の多食に伴って多量の空気を飲み込んだこと
- 日頃の飲水時に比べて胃内の温度が低下したこと
- 胃の収縮が数時間にわかり抑制されたこと
が考えられます。
小型犬や中型犬は大型犬と比べて発症率は低いですが、ダックスフンドやバセットハウンド、パグなどは発症が報告されており、どの犬種でも胃捻転は発症する可能性があるといえます。
胃捻転の症状
胃捻転は急速に症状が悪化するため、飼い主さんは早期に異常を察知し、すぐに動物病院へ連れて行くことが重要となります。以下は、胃捻転の主な症状です。
初期症状
◆お腹が膨れる:腹部が急に膨れ、硬くなります。とくに肋骨の後ろあたりが目立って膨れる場合は注意が必要です。
◆吐き気や嘔吐:吐きたがっているのに実際には何も吐けない、もしくは少量の泡や液体しか吐かないことがあります。
◆呼吸困難:拡張した胃が横隔膜を圧迫するため、息苦しそうにすることがあります。
◆落ち着きがない:症状が進行すると極度の不安や苦痛を感じ、落ち着かない行動を示すことがあります。常に立ち上がったり、座ったりすることを繰り返したりします。
症状が進行すると…
◆血流の遮断:胃の血管が圧迫され、胃自体や他の臓器への血流が遮断されます。臓器の酸素不足や組織の壊死(細胞の死滅)が進行し、全身の循環系に影響を与えます。
◆ショック症状:歯茎の蒼白、心拍数の上昇、虚弱または崩れるなどのショック症状がみられる場合は、緊急事態。
◆胃壁の壊死:血流が遮断されることで胃の壁が酸素不足に陥り、壊死を起こす可能性があります。この場合、胃壁が破れる(胃穿孔)危険もあり、さらに重篤な状態になります。
胃捻転の診断と治療
胃捻転は緊急の医療処置が必要であり、早期の診断と迅速な治療が犬の生存率を大きく左右します。動物病院での診断には、身体検査やX線撮影が行われ、胃の膨張や位置異常が確認されます。
治療の主なステップは次の通りです。
ショックの治療
胃捻転が確認された場合、まずショック状態の治療が行われます。静脈からの点滴で体液を補い、血圧を安定させることが重要です。
胃の減圧
胃に溜まったガスを減圧するために、胃管を通すか、あるいは針を腹部から直接刺してガスを抜く処置が行われます。
緊急手術
胃捻転を完全に解消するためには手術が必要です。手術では胃を元の位置に戻して捻転の原因を取り除くとともに、胃壁やその他の臓器が損傷していないか確認します。重症の場合、壊死した胃の一部を切除することもあります。
胃捻転の予防
胃捻転は予防が難しい疾患ですが、いくつかの対策を行うことでリスクを減少させることができます。
食事は数回に分けて少量ずつ、ゆっくり食べさせる
食後の激しい運動で胃捻転の発症リスクが高まるため、犬に食事を与えるのは散歩や運動のあとが良いでしょう。しかし散歩や運動のあとはお腹が空いているため、早食いをしてしまう恐れがあります。
ポイントとしては下記になります。
- 水をがぶ飲みさせない、ゆっくり与える
- 一度に大量の食事を与えるのではなく、1日2~3回にわける
- 早食いにならないよう工夫がされた食器を使う
- 食器は床に置く
人の食べ物を盗み食いをされないようにする
食物繊維や脂質が多い食べ物、乳製品などは胃の中でガスが発生しやすいため、人の食べ物を盗み食いされないようにすることが大切です。盗み食いは胃捻転だけでなく塩分過多や肥満などにもつながる恐れがあります。
食後2~3時間は運動を避ける
食後2~3時間は激しい運動を避けるようにし、胃が落ち着く時間を確保しましょう。とくに旅行やキャンプでは環境が変わってテンションが上がることで遊びすぎてしまったり、いつも以上の疲労感やストレスを感じやすくなります。
再発を防止する「予防的胃固定術」
胃捻転は再発率が高いため、予防的胃固定術(ガストロペクシー)を行うことで胃が回転するリスクを著しく減少させることが可能です。避妊手術と同時に行うことができ、腹腔鏡手術なので手術跡などの傷は小さく済みます。
胃捻転のリスクが高い犬種や、すでに胃拡張を経験している犬に勧められる手術です。
まとめ
- 胃捻転は致死率・再発率が高い病気
- 胃捻転の発症は食事の方法、食後の運動、年齢など
- グレートデンやセントバーナードは胃捻転の発症率が高い
- 好発犬種は大型犬だが、小型犬でも発症する可能性はある
- 発症・再発を防止するには、予防的胃固定術がおすすめ